東洋学園大学 史料室

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2009年3月7日第15回東京寮歌祭

 1月14日記事の旧冨士屋制帽店(野本ヤス子様)のご紹介で、第15回東京寮歌祭(東京大学安田講堂中央地下食堂)に参加することができました。野本様が旧制佐賀高等学校OBと関係のあることから、同校に席を取っていただきました。
  旧制高等学校は旧制大学の予科として、高等教育における予備教育(主にリベラルアーツ)を担うもので、現在は大学(主に国立→独法、一部私立)となっています。東洋学園は昭和22年から25年まで、旧制東洋高等学校(理科乙類=医学部予科)を設置していました。占領政策による学制・医療制度改革の過渡期の存在で、全国に7校存在した旧制医学系専門学校を改組、または併設した「戦後特設旧制高等学校」の一つです。
  卒業は1回生のみ、2回生は中途修了扱いで廃止となった少数派の東洋高等学校OBとは直接の接触はありません。しかし、僅かな期間とは言え、校歌の他に旧制高校”必須アイテム”の寮歌も2曲、「茜寮寮歌」、「茜寮別離歌」が存在しますので、旧制高等学校関係者に東洋高等学校の存在をアピールしつつ、北杜夫著『どくとるマンボウ青春記』に描写されているような、旧制高校を直に感得したいという趣旨で参加しました。また、旧制高校資料を編纂し、戦後特設校も対等な存在として位置付けてらっしゃる吉富達彦様(旧制広島高)より昨年、電話で調査を受けたことがあり、直接面会することも目的の一つでした。
  午後中夕刻まで、弊衣破帽、腰手拭に朴歯の下駄という「バンカラ」スタイルで寮歌を放歌高唱する様を現実に目の当たりにして、なお意気軒高な様子に少々圧倒されたというのが実感です。東洋女歯医専OGも含め、この世代と、それ以降の旧制の教育を受けていない世代との間には、知識、教養を含めた人格形成上の大きな差異があるように感じています。戦後に否定された旧制エリート教育ですが、マス化・ユニバーサル化した上、市場原理の中に置かれた現在の大学教育が失ったものは大きいのではないかと改めて思わされました。
  お世話になりました旧制佐賀高等学校OB各位、野本様、吉富様ほか構って下さった各校OBの皆様に深く御礼申し上げます。

2009/03/07

▲熱唱、佐賀高等学校「暁近き野に出でて」。

2009/03/07

▲右、第八高等学校(名古屋)、二番目は山口高等学校。

2009/03/07

▲第五高等学校(熊本)。

2009/03/07

▲旅順高等学校(旧満州。モデル撮影にご協力いただきました)。

2009/03/07

▲『どくとるマンボウ青春記』と言えば松本高等学校思誠寮(現信州大学)。

2009/03/07

▲お世話になった佐賀高等学校OBの皆様。

2009年3月16日史料のご寄贈

 東洋女子短期大学英語科11回生(1962年卒)・佐志原圭子様より、英文タイプライターなど13点のご寄贈がありました。佐志原様からは昨年10月にもご寄贈があり、引き続きのご寄贈に感謝いたします。
  手動英文タイプライターはご卒業後、在学中に中古で購入したご友人から譲られたものとのこと。当時はタイプライターが高価で学生の身分では手が出せず、買えても中古再生品が普通だったようです。このタイプライターは銘板があるべき位置に中古販売商のプレートが付けられており、メーカー、製造年ともに不明です。しかし、来歴により、少なくとも1960年以前のものに間違いないものと思われます。歯科時代に比べ文系(語学)は紙以外の実物に乏しいため、貴重な史料となります。
  本学は短大時代、各種学校東洋文化学院を併設し、英文タイプ、英会話の課外授業を実施してきました。タイプライターは東洋文化学院の前身であるオリエンタル英学院(→東洋学院→東洋予備校→東洋文化学院)が昭和25年に開校して以来、多数常備されてきましたが、経年による更新の度に旧式機は処分されてきました。このため、学内にはPC化直前の比較的新しい型しか残っていません。
  その他、教科書、ノート、辞書など、ノートは前回のご寄贈にあった初級フランス語の教科書と対になるもので、並べて展示することにより、当時の第二外国語学習の様子がよく分かる史料となるでしょう。

2009/03/16

▲”Tornado”の愛称とT、Wを意匠したメーカー社章がついています。メーカーをご存知の方がいらっしゃたらご教示下さい。

2009/03/16

▲鈍く光るアーム先端。

2009/03/16

▲研究社出版の『時事英語研究』1961年8月号。付録の「ライシャワー(駐日米国)大使初演説レコード・シート 7インチLP2枚」、というのが時代を物語ります。

2009年3月19日研究会

 第65回全国大学史協東日本部会研究会に出席。
  東海大学学園史資料センター 椿田卓士氏「東海大学学園史資料センターにおける資料整理の現状と課題について」(武蔵野美術大学 新宿サテライト)

詳細は下記をご参照下さい。
http://www.universityarchives.jp/index.php?page=2009/02/post_15.html

2009年3月20日卒業式

 通常は火・木曜の開館ですが、20(金)は卒業式にあたり、主にご父母の方を対象に史料室を開き、30名以上のご見学がありました。
なお、4月より月~金曜日(平日)開館といたします。

2009年3月25日作曲家・平井康三郎先生と旧制東洋高等学校

 平井康三郎先生(本名平井保喜 1910~2002)は東京音楽学校(現東京芸術大学)を卒業後、作曲家・指揮者として、また文部省教科書編纂委員(音楽)、NHK専属作曲家・指揮者として多くの曲と業績を遺されました(紫綬褒章、勲四等旭日章受章)。『スキー』、『とんぼのめがね』等は人口に膾炙した先生の作曲です。
  戦後は文部省教科書編纂委員であったことから、全国各地の学校の校歌作曲を依頼され、その数たるや膨大なものがあります。
  冒頭で触れた旧制東洋高等学校の校歌の楽譜を改めて見た折、作曲者が平井康三郎先生であることに気がつきました(本名の平井保喜名義)。Webで検索すると、平井先生の生地、高知県吾川郡伊野町(現いの町)の「いの混声合唱団」が平井先生の資料を収集していることが分かったため、東洋高等学校校歌楽譜をデータで提供させていただきました。
  なお、この譜面は第15回東京寮歌祭の会場で、二期会所属の声楽家であり東京フォルクスオーパー代表の長野安恒様にも提供しています。
  平井康三郎先生作曲と気付いたきっかけは私事で恐縮ですが、今月にあった子供の小学校卒業式でした。調べてみると、筆者の卒業した隣市の小学校も平井先生の作曲という次第、平明でありながら琴線に響く美しいメロディが特徴、というのが筆者の感想です。

2009/03/25

▲旧制『東洋高等学校校歌』 作詞:岡山厳(歌人) 作曲:平井保喜(康三郎)

2009年3月27日学会

 日本歯科医史学会第374回例会に出席。
 詳細は下記をご参照下さい。
http://www.jsdh.org/

2009年3月30日大学史展示コーナー(流山キャンパス史料室分室)

 昨年より構想中であった標題施設具体化作業を2月末から開始、本日から施工に入りました。詳細は4月に掲載します。

2009年3月31日『年表 東洋学園史』刊行

 1月15日の記事で報告した『年表 東洋学園史』を刊行しました(実質は3月17日納品)。本書は2007年3月刊行の『東洋学園八十年の歩み』巻末年表をベースに、その後2年間の調査の結果を細大に拘わらず、全てを編年体(年表形式)で記録したものです。言わばメモの類であり、現時点での「総論」であり、「各論」は今後の課題となります。
  編纂期間10ヶ月の『東洋学園八十年の歩み』に比較して、特に旧制期から1960年前後までの前半について、かなり精度が上がったものと考えています。全91ページですが、予算の都合で相当圧縮した紙面構成としていますので、余裕を持って組めば150ページほどのボリュームになると思います。80年史同様、索引を設けられなかったのが欠点で、時間が許せば別刷りで作成すべきかとも考えています。
  発行400部の小部数につき、学内及び学外(他大学アーカイヴズ、歯科医史研究関係、図書館、卒業生・教員ご遺族など)で配布先はほぼ固まっていますが、若干の余裕はあります。ご希望の方はご連絡下さい。

2009/03/25

▲『年表 東洋学園史』表紙

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