東洋学園大学 史料室

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2009年1月14日旧冨士屋制帽店

 個人の篤志の方より、文京区内の全ての学校の校章を蒐集し展示したい旨、協力の依頼がありました。本学からも近く、総務課の協力で残っていた東洋女子短大の校章バッチを持参し、お話を伺いました。東大工学部の向かい、本郷通りに面して大学紛争の頃まで制帽店を営まれ、私設「旧制高等学校資料館」の設置準備をされているということです。先代の方が遺した全国の旧制高等学校、大学予科の帽章がほぼ全て揃っており、この際区内にある全ての学校も対象にしたいというお話でした。
 所蔵品の中心が旧制高等学校ということから、本学が東洋高等学校(理科乙類=医学部予科の戦後特設旧制高等学校)を設置していたこと、さらにその前身が歯科医学専門学校だったことを事前にお伝えしたところ、大変興味を持っていただいたので、両校校章の画像資料、及び80年史も寄贈させていただきました。旧制高等学校の研究については学会にも所属されて本格的なものであり、筆者も問い合わせを受けたことのある旧制高校研究者の方を存じてらっしゃったことなどから、3月に東大を会場にして行なわれる旧制高校出身者の集まりに混ぜていただくことになりました。東洋高校は1回生74名(推定)しか存在せず(2回生は中途修了扱い)、調査が進んでいないので、これがきっかけになればと思います。
 同日、本郷通り並びの「わだつみの声記念館」に立ち寄り、情報交換をしてきました。同館は昨年、当史料室と同時期に文京ミューズネットに加入しています。先の大戦における学徒出陣、戦没学徒の資料収集と保存、展示、普及に努められており、冨士屋制帽店さんの取り組みもご承知です。三者とも旧制の学校・学生を扱うことから、今後とも協力してゆきたいと思います。

2009/01/14

▲富士屋制帽店”PRICE LIST of CAP” 1939年。

2009/01/14

▲旧制東洋高等学校校章。現品はありません。これは以前、東洋高等学校卒業生の金沢医科大学名誉教授・河野俊一先生から、当時の馬渡房理事長兼学長(短大)に提供された一連の資料にあったものです。

2009/01/14

▲東洋女子短期大学校章。「大學」を図案化した「女」で囲った意匠。短大発足後約10年経った1959年の制定(推定)です。

2009年1月15日『年表 東洋学園史』入稿

 80年史巻末年表をベースに、その後2年の調査結果を反映した年表形式の資料を作成しています。現在も日々新たな発見があり、修正すべき事項が発生しています。しかし当初予定より1年超過し、字数も想定を超え18万字に達したことから、今年度末刊行をメドに印刷製本することとします。今回は学内と研究機関・研究者、協力者(卒業生)のみを対象とした小部数の印刷、簡素な体裁とする予定です。本書の編纂過程は以下の通り。

  • 本稿の原型は『東洋学園八十年の歩み』のため、同書編纂委員・日高佳東洋女子短期大学名誉教授がプライベートで作成した。
  • 同稿は『東洋学園八十年の歩み』本文掲載に間に合わず、台割から外し巻末年表に変更。
  • 折込1枚に纏めるため枝葉事項をカットし修飾語、助詞を極力省くなど、学内編纂委員(以下作業者=現史料室担当)で圧縮の上、学内史資料を用いた増補、正誤・時制修正、用語・語法統一等を施す。
  • 紙幅の都合上、最低限度の学外関連事項を挿入。
    (以上『東洋学園八十年の歩み』、以下2007年6月~2008年12月の作業)
  • 年表決定稿にカット部分を挿入復元(但し資料の消失により補正が不可能な部分的、断片的記述は除外)。
  • あらためて全体を通し正誤・時制修正、用語・語法統一を図るとともに、新たに得た史資料・参考文献、取材結果による大幅な増補を行なった。
  • 併せて学外関連事項(文部行政、占領行政、他の教育機関、関連人物、政治、女性、地域、社会一般等)を増補した。
  • 日高先生の直接経験に基づく解説、貴重な証言は年表から分離抽出し、年表本体との時制・用語等を整合の上、独立した章「東洋女子短期大学 詳説」としてオリジナル性を保全した。

2009年1月19日文書史料のデータ化と副本製作

 法人本部より移管された1917年(旧明華女歯時代)から1965年前後まで(短大教授会議事録など一部は直近のものまで)の非現用文書資料の分類、整理とこれ以上の劣化を防止する保存処置は、史料室業務の大きな柱の一つです。しかし、新設部署として(※組織上は部署にはなっていません)、成果の見える業務(展示、発表など)を優先せざるを得ず、これまでまったく手をつけることができませんでした(80年史と史料室パネルに使用する分のみデジタル化済)。データベース作成も未着手、何が何点あるのかも分かっていない、担当者の記憶のみの不確かな状態です。常設展設置を優先したことから、展示ケースに収容した史資料のスキャニング、副本作成がなされておらず、以後の調査に大きな支障となっているため、まず展示中のものからデジタル化に着手することにしました。
 今回、汎用スキャナーを使って自前で作業できないもの、つまり一冊の簿冊が膨大であったり、サイズの大きいもの、大正から昭和初期の3点をはじめて専門業者に委託しました。3点でもページ数は概算889ページに上ります。一昨年、国立公文書館で申請認可関係の文献調査をした際、同館の複写作業を受託している(株)ニチマイが壱岐坂通りのお向かいでした。また、大学史資料協議会でも関係があり、これらのことから同社に依頼しています。展示文書の作業が終われば、その後は収蔵庫に収納中のものが対象になります。
 併せて史料室収蔵庫、広報室事務室内、それぞれの環境に合わせた保存専用の文書箱、封筒を試験的に発注しています。和紙に対し、洋紙は劣化が早いという弱点があります。印刷用インク定着のため、硫酸アルミニウムを使用しており、時間の経過に連れて紙自身が酸を発生し、紙の繊維をぼろぼろにしていきます。特に敗戦直後数年の紙は極めて質が悪く、黄ばみが酷いばかりか触る端から「崩壊」していきます。抜本的な対策では脱酸処理となりますが、とりあえず中性紙でくるむ、収納することで、ある程度酸化の進行を止めることができます。
 その点、戦前の和紙を使用した和綴の文書は、現在でも良好なコンディションを保っています。

2009年1月20日校章の寄贈

 14日の項で触れた校章について。
 できれば旧制期の校章も写真でなくレプリカを提供したいと思いましたので、懇意にしていただいている歯科医専OGの方にお声掛けをお願いしたところ、岐阜市の歯科医・山幡政子先生より紫苑会(歯科医専同窓会)で制作したレプリカのブローチなど3個とともに、制服に着用した襟章2個をご寄贈いただきました。
 従来、史料室で所蔵していたのはレプリカ1点のみでした(展示中)。襟章は大変貴重なものですので、史料室で保存させていただき、旧制高等学校資料館(準備中)様には現在展示しているものと同一のものを一点、譲渡しました(以上の取り扱いについて、ご寄贈者、譲渡先ともご了解をいただいています)。
 校章とともに自家製の素晴らしい干し柿も贈って下さった山幡先生、仲介していただいた同期の柳田先生(既出)に、あらためて深く感謝申し上げます。

2009/01/20

▲”TDC”(Toyo Dental College)を図案化した東洋女歯校章。左端の赤い色のものが当時の襟章、それ以外は戦後のレプリカです。微妙にデザインが違います。

2009/01/20

▲襟章クローズアップ。前の画像のように、戦後(廃校後)のレプリカも幾種類かありますが、デザインは全て共通、戦前のものより鋭角で細かい意匠です。歯科医専当時の印刷物では、全てこちらの丸みを帯び、補助線の少ないデザインとなっています。
ところで現行の東洋学園大学では校章バッジを用いたことがなく、校旗もありません。飾りと言えばそれまでですが、いかがなものでしょうか。他の学校(企業)でも、長い歴史のうちには幾多の変遷がありますが、建学の精神(社是)、校章(社章)などシンボリックなものは継承するか、多少のアレンジを加えつつアイデンティティを堅持しています。UI(企業のCIに相当)により新しいシンボルマークを採用しても、校章(社章)は別途残すケースが多いように思います。

2009年1月22日研究会

 第64回全国大学史資料協議会東日本部会研究会に出席。
 東京工業大学大学院理工学研究科建築学専攻教授・藤岡洋保氏「日本の建築アーカイブズの現状と課題」(於武蔵野美術大学新宿サテライト)

詳細は下記をご参照下さい。
http://www.universityarchives.jp/index.html

 本学にも多少関係することとして、ご遺族より多摩美術大学に寄託されている今井兼次資料についての言及がありました。

2009年1月23日学会

 日本歯科医史学会第372回例会に出席。
http://www.jsdh.org/index.html

次回2月20日、第373回例会で発表予定です。
http://www.jsdh.org/blog/2009/02/373.html

2009年1月27日本学卒現役歯科医最高齢?

 長崎県雲仙市より、歯科医専8回生(昭和8年卒)ご家族の方のお電話をいただきました。途中からご本人が電話に出られ、百歳まで現役で歯科医療に携わっていたかったが、手首の怪我で休院中の由、少しお耳が遠くなられているご様子でしたが、お元気そうなご様子と拝察しました。
 お電話を頂戴した経緯は次の通りです。
 今月9日、学校法人東洋学園監事の鈴木喜久江先生(東洋女子短大2回生、東大大学院を経て元明治学院大学法学部教授)からお電話がありました。ご用件の内の一つが、かかりつけの三田の歯科医院に通院したところ、若手の勤務医の先生が担当され、お話している内にその先生のお祖母様が東洋女歯の卒業生と分かって互いにびっくりした、という内容でした。しかも現役というお話です。
 電話を受けながら祖母の方の姓、鹿児島県出水市だという医院、おおよその卒業年を頼りに古い名簿を繰り、それらしき方を見つけました。鈴木先生にお礼を述べ、あらためて現在の電話番号を調べて電話を入れましたが、応答がありません。そこで出水郡歯科医師会に照会して事情を説明したところ、最近お休されていること、出水の歯科医院へ郵送すればご療養先に転送される由、お教えいただくことができました。
 お見舞いの手紙を添えて80年史、史料室リーフレットをお送りしたところ、お電話を頂戴した次第です。雲仙は娘さんのお住まいということでした。自ら仰ってはおられませんが、ご家族は内科と歯科をなさっているようです。史料室で把握している現役歯科医で最高齢と思われるこの卒業生は、森シズノ(旧姓六反田)先生と仰います。
(2月に続く)

2009年1月29日東京経済大学来室

 東京経済大学教授の吉井博明先生(史料委員長・図書館長)、ならびに秘書課史料室伊藤彰男氏の当史料室ご訪問がありました。同大で予定する大学史資料常設展示の計画にあたり、当史料室の組織上の位置付け・運用実態、経費・予算などについてのご質問が主旨です。

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