東洋学園公開 現代経営研究会

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東洋学園史料室

 本学は旧制・東洋女子歯科医学専門学校として大正15(1926)年11月4日、女子では日本初の歯科医師法(旧法)第1条第1号に基づく文部大臣指定校として発足しました。現行の歯科大学に相当する同校は占領期の学制改革の結果、廃校とされ、女性の社会的自立手段を語学に置き換え新制・東洋女子短期大学として再発足しました。
 平成4(1992)年、東洋学園大学を設置。平成18(2006)年に創立80年を迎えるとともに、完全に共学四年制に移行しました。この節目に校史を編纂し、史料の一部を公開して本学女子高等教育の意義と実績を後世に伝えることとしました。史料約120点、写真・画像史料約160点で前半半世紀の流れを解説しています。
 戦前、本邦に2校のみ存在した女子歯科医学教育機関として、また歯科医系から文系に転換した唯一の大学である本学の歴史に触れていただければ幸いです。


導入部


実物展示
(大正~昭和初期の歯科医療機器)


主展示室の一部


【利用案内】8月10日(水)~19日(金)・30日(火) 公開停止

場所 本郷キャンパス4号館6階
開館日 月~金曜日
9時30分~16時30分
休館日 土・日・祝日、夏・冬・春季休業中の一定期間、その他大学の定める休業日
TEL. 03-3811-1783 (広報室代表)
E-mail : archives@of.tyg.jp

東洋学園旧設置校に関する史料、情報を 収集しています。どんなことでも構いません ので史料室までお寄せ下さい。史料室では 史料の収集、保存、展示、校史の編纂を行 なっています。


フロアマップ

【展示概要】

I.創立者・宇田尚
創立者 宇田尚

 東洋学園の創立者、宇田尚は槃山(ばんざん)と号し、教育家であると共に東洋思想学者、著述家、また実業家の一面も持っていました。父、宇田廉平は漢学者で明治維新の活動家、旧制一高(現東京大学教養学部)倫理学教授でした。
 宇田尚は父の薫陶を受け、幼い頃から漢籍に親しみました。四男であったため高等教育を受ける機会を得られませんでしたが、日露戦争の軍功により皇族(北白川宮)に近侍しました。その後、29歳で中央大学に進学して法学を修め、実業家として活動してきまた。
 宇田尚と女子歯科医学教育との出会いが東洋学園を生み、以後、学園の運営に心血を注ぎました。医療専門職の教育に漢学をバックボーンとした精神教育を付加し、歯科医育機関の一角に確固たる地位を築きました。「自彊不息(じきょうやまず)」の学是に象徴される実践躬行の精神を説くとともに、当時の社会通念だった良妻賢母主義を否定、女性の自立と社会進出を励ましました。

II.東洋学園創立の前夜

近代歯科医学教育の概要、大正6(1917)年開校の前身・明華女子歯科医学専門学校について。

III.東洋女子歯科医学専門学校の時代

発足の経緯、校運の隆盛と校風、理事者・教育スタッフ、講義・臨床実習・寮生活の様子、精神教育、戦時体制化の学校、東京空襲被災と疎開、学制・医事衛生改革、旧制高等学校併設から終焉まで。


「学校一覧」(入学案内書) 1930

IV.新制・東洋女子短期大学

短大募集ポスター1950年代前半

短期大学英語科の発足、初期10年の苦闘と併設各種学校、高度経済成長と短期大学の発展、新校舎と「フェニックス・モザイク」の建設、流山キャンパス開設、その後の今日に至る概要。


短大入学案内 1952

V.同窓会と校友

歯科医専・短大両同窓会、卒業生自費出版物の紹介など。

VI.屋外展示

東洋女子短大TWCシンボルと東洋女子歯科医学専門学校碑

フェニックス・モザイク「岩間がくれの菫花」
デザイン・今井兼次 1961
文の京都市景観賞「景観創造賞」受賞
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