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2015年4月25・26日


第116回日本医史学会総会・学術大会に参加、「東洋女子歯科医学専門学校校長・宇田尚(第1報)」を発表。


 第116回日本医史学会総会・学術大会


 会場の日本綿業倶楽部(綿業会館…国重要文化財/大阪市中央区備後町)に近い船場・道修町は近世より医薬の町であり、緒方洪庵の適塾(大阪大学の源流/同大が管理する国史跡・重要文化財)、本大会後援の武田科学振興財団が運営する杏雨書屋(医学史文書館)など医史跡に恵まれ、「神農さん」として大阪の人に親しまれる少彦名神社があります。大会長(小曽戸洋先生)と開催地に因み、「東洋」を校名に掲げる本学の歴史から東洋思想(漢学)に関わることを報告しました。

 抄録は『日本医史学雑誌』61(1).1557に掲載しています。


 湯島聖堂の恩賜神農像は徳川幕府三代将軍家光の発願により造立され、幕府の薬園、医学館、湯島聖堂で祀られました。維新後に流転した神農像とその廟堂が大戦末期に湯島聖堂へ遷座(復帰)するにあたり、財団法人斯文会(湯島聖堂)の宇田尚理事が尽力したことを、矢数道明先生が報告されています。この斯文会理事宇田尚が東洋学園創立者の宇田尚であることは、一般に知られていません。

 昨秋、槃澗学寮(東洋学園栃木寮)で収集した享保6年の神農図(宇田家蔵)を冒頭に掲げ、宇田尚の実父、宇田廉平が幕末から明治にかけ保守の立場から政治(公議所→集議院)、教育(旧制第一高等学校・陸軍幼年学校)に関わったことを中心に、本学の教育の原点に漢学があったこと(ゆえに校名「東洋」)を報告しました。

 これは医学史の観点からは周縁の事柄ですので、宇田尚の甥で精神科医の宇田倹一、直系の孫で整形外科医の宇田正長(学校法人東洋学園理事長、本学学長を歴任)にも触れました。

 濃厚な漢学の空気に満ちた家に生まれ、自身もまた東洋思想学者をもって任じた宇田尚がなぜ女子の歯科教育に関わることになったかは、来年度に第2報で報告する予定です。


三休橋筋の日本綿業倶楽部。繊維業が日本の基幹産業だった時代を今に伝えます。
スクラッチタイルが印象的な建築です。
戦前の大阪の繁栄、華やかな社交クラブの雰囲気が伝わります。街では大阪都構想の住民投票を呼びかける看板、宣伝カーを多く見かけました。
A会場(近代以降)。例年、主にこちらにいます。報告もこちらで行いました。
B会場は近世以前。ヴォールト天井が優雅です。
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