東洋学園大学 史料室

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2010年10月8日

長崎県島原市在住の東洋女子歯科医学専門学校8回生・森シヅノ先生(97歳)を訪問。

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2009年1月29日
2009年2月5日
ホームカミングデー「懇親会1」

熊本港と島原外港の間には定期航路があり、高速船でわずか30分です。熊本まで来たのなら足を延ばしてお会いし、ホームカミングデー(5月)での大役(懇親会における乾杯の音頭)のお礼を述べたいと思いました。森先生は鹿児島県出水市で長く開業されていましたが、手の故障を機に現役を退かれ、ご家族の住む雲仙市(小浜)に近い島原市に転居されていました。

フェリーで島原外港に到着。普賢岳など雲仙の山々。フェリーターミナルには1991年の普賢岳噴火と火砕流による災害とその救助、復興の記録が展示されていました。自然の美しさと厳しさは隣り合わせであることと、郷土復興にかける地域の熱意を感じました。
本学理事長、学長、副学長三者寄せ書きの色紙をお渡ししました。歯科医を引退されてから一時は元気をなくされていたそうですが、ホームカミングデー出席を決意すると足腰の鍛錬に励み、今も非常に良いコンディションを保っておられるそうです。
ご家族からは東洋女歯~大学の沿革、特に創立期について熱心なご質問を受けました。これまで自校史を解明せず、発信せずだった責任を感じます。大学史は大学自身のためのみならず、卒業生のためでもあることを改めて実感しました。
森先生のご健在が分かったのは、写真右のご家族(森先生次女)のご子息(森先生孫)が東京で歯科医をなさっており、鈴木喜久江学校法人東洋学園監事(東洋女子短大2回生→東大大学院、元明治学院大学法学部教授)がお孫さんに治療していただいていたのが縁です。出発前、鈴木先生は数本一度に抜歯したそうですが、その際の担当医は森先生のご長女だったとのこと。
次の機会にはぜひまた上京して母校訪問をしたいと意気込みを語る森先生でした。東洋学園史料室は担当者唯一人の仕事ですが、卒業生との関係においては大学史編纂に加えて校友会の機能も併せ、今後もご高齢となった卒業生の気持ちの張りの一端として役立つことができれれば幸いです。
この後、ご厚意に甘え島原駅まで送っていただいた際、僅かな時間ですが島原城と、
城下の武家屋敷に立ち寄りました。この後、長崎を経て大分に飛びます。
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