東洋学園大学 史料室

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2016年9月6日


旧制東洋女子歯科医学専門学校指定後22回生・中嶋多子先生並びにご家族様より、1947(昭和22)年の第1回歯科医師国家試験による歯科医師免許証を提供いただく。


 7月21日に来室された旧制東洋女子歯科医専指定後22回生・中嶋多子(かずこ)先生と、ご子息で現院長の中嶋謙介先生(新潟県上越市、中嶋歯科医院)より、1947(昭和22)年実施の第1回歯科医師国家試験による歯科医師免許証をお借りしました。

 現行の歯科医師国家試験は戦後、従来の旧制専門学校おける文部大臣指定制度に代り、新制大学への移行とセットで導入されました。

 第1回歯科医師国家試験は1947(昭和22)年4月1~3日、学説試験が東京帝国大学法学部で、実地試験は4月21~26日に受験者の各所属校で実施されました。6月30日に合格発表があり、本学(旧制東洋女子歯科医専)は当時の歯科大学・歯科医専8校(旧制専門学校から旧制大学に移行中)のうち、東京医科歯科大学歯学部に次いで合格率2位でした。総受験者は学説1,113名・実地1,079名、合格761名と記録されています。

 当時の高等教育は大学レベルへの統一過程にあり、歯科教育では新制大学設置の前段階となる旧制大学への移行が進められていました。戦災により津田沼校舎にあった本学は財政面、施設設備などが基準に満たないとされ、周囲の動きから取り残されていました。それが大学への改組を果たした男子校を抑えて国立校に次ぐ合格実績を打ち立てたのですから、驚きを以って受け取られたと今に伝わります。

 中嶋多子先生の免許証はこの史実を裏づける実物資料として貴重なものです。

 ※免許証につき画像は公開しません。


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