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2015年4月25日


旧制東洋女子歯科医学専門学校18回生・徳永勝子先生を訪問。


 日本医史学会初日の後、現在は大阪市内にお住まいの徳永勝子先生をご子息である徳永勝人先生のご案内で訪ねました。つい最近まで広島県庄原市で診療を続けてきた徳永勝子先生は、お子様方のいる大阪に転居されています。

 両徳永先生とのこれまでについては2014年10月9日をご参照下さい。


 大阪出張をお知らせしたところ、徳永勝人先生(高槻社会保険健康管理センター長/大阪大学医学部卒)が学会初日にご参加下さり、夕刻から先生のご案内でご母堂様を訪ねました。当日は風邪気味とのことでしたが、東洋女子歯科医専、高等女学校時代の写真を多数用意して下さるお心遣いをいただき、多くのことを語って下さいました。

 後日、風邪は快癒されたと伺っています。これからもどうぞお元気でお過ごし下さい。

 徳永勝人先生からは昼食の際、また道すがら有益なお話を多々伺いました。このことは先生のブログで既に触れられていますので、ぜひご参照下さい。


 参考:「徳永先生のメタボリック教室」2015年4月29日「綿業倶楽部と第116回日本医史学会」


1941(昭和16)年5月29日の全校(約600名)潮干狩り。戦時中のため、野外レクレーションは「鍛錬」を名目に行われました。場所は千葉市の出洲海岸で、浜は戦後に埋め立てられ消滅しています。
この頃在学した卒業生がよく持っている別の写真は7月3日から公開の第2回全国大学史展(主催・全国大学史資料協議会東日本部会・明治大学史資料センター)で展示されます。この写真は始めて見ます。よくある写真は卒業アルバムのカメラマンが撮影したものと思われ、こちらはプライベートのカメラによるものでしょう。
少し傾いてしまいましたが、5月の潮風が心地良さそうです。後列中央が徳永勝子先生。前列の岩橋章先生も楽しそうです。
1942年7月25日、一級上の17回生送別会の余興。戦時特例措置により修業年限が短縮され、この年は3ヶ月の短縮、翌年の徳永先生ら18回生から6ヶ月の短縮になりました。
同年5月の予科生歓迎校友会総会における余興「元禄花見踊り」の写真の次がこの写真。戦時下ながらもまだまだ華やかな女子歯科医専です。戦局は容易ならざる事態に陥りつつありましたが、世間はまだ戦勝気分に沸いている頃。
お土産に郷里の七塚バターをご用意して下さっていましたが、翌日も学会があり、溶けてしまうため持ち帰りは断念。フランスパンに載せたらさぞ美味しいだろうと、今でも残念です。国産バターの珍しかった昭和初期、徳永先生の郷里、庄原市の七塚高原にある県立畜産試験場で生産されたバターの復刻です(ご寄付もいただきました)。
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