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2011年6月10・27日

屋口正一様(4月18日記事参照)より、旧制土浦中学(現土浦第一高校)、新制茨城大学創立期に関するご著書、資料14点をご寄贈いただきました。

屋口様の著書『桜水物語』三部作は旧制土浦中等学校から新制土浦第一高等学校への変遷期、戦中末期から戦後占領期の記録(桜水は同校の校章)。『茨城大学創立期 第一回生の記録』は旧制水戸高校などを統合改組して発足した新制国立茨城大学文理学部一回生としての記録です。これらに共通する特徴として、単なる思い出でなく、その当時から後の記録を意識した資料の収集保存の成果であることが挙げられます。このため資料性が非常に高い内容となっています。

本学も戦後占領期の学制改革で旧制専門学校→旧制高等学校(併設)→新制短期大学(さらに現在は四年制大学へ)と目まぐるしい変遷を遂げました。屋口氏は学校こそ違いますが、同じ変遷を、同時期に、隣県(戦後の本学所在地は千葉県)で学生として体験なさったことを克明に記録されました。その時代に居合わせたような臨場感を得られる参考資料です。

『橘花は飛んだ 国産初のジェット機生産』は、旧制土浦中在学時の学徒動員で第一海軍技術廠に働き、ジェット攻撃機橘花の生産に携わった貴重な記録です。動員時代の記録に戦後の綿密な調査、考証が加えられ、霞ヶ浦周辺の旧海軍施設の記録として読むことができます。

本学(東洋学園大学)初代学長宍戸寿雄は経済企画庁の官僚でしたが、敗戦まで海軍航空技術廠(後に第一海軍技術廠)発動機部の士官エンジニアだったことを知ってお贈り下さいました。本書に宍戸先生は登場しませんが、空技廠がいかに巨大な組織であったか、極限状況の中で国力の限りをジェット機開発に注いだことを窺い知ることができます。

平川唯一講師のラジオ英語会話テキスト"RADIO TEXT ENGLISH CONVERSATION"No.3(1946年)は、戦後爆発的な人気となった「カムカム英語」のテキストです。 貴重な資料をご提供下さった屋口正一様に御礼申し上げます。

緑色の小冊子『気品は高く』は旧制秋田県立高等学校概史。同校は本学の旧制東洋高等学校と同じ経緯で旧制秋田県立女子医学専門学校を改組した戦後特設高等学校です。現在の秋田大学医学部に繋がります。
日本放送出版協会のラジオ英語会話テキスト。日本人の敏夫君と米人の会話形式です。敏夫君が日本では男子は中学校、女子は高等女学校で別学だと言うと、米人いわく「それは変な習慣だね」、アメリカが男女共学であることを説明します。既に進行し始めた学制改革を象徴する内容です。ジープで家に送ってあげようという訳の補足に、機械化された米軍戦闘車両の解説があります。
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