東洋学園大学 史料室

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2015年5月30日


 本学の創立年は1926(大正15)年です。それが公式見解ですが、いきなり指定専門学校が完成してその年に卒業生を出すのは不可能で、その前に9年間の揺籃=創立期がありました。その時代、本学の前身校は「明華」を名乗っていました。


 大正期は女性も労働力として動員された総力戦(欧州大戦=第一次世界大戦)の影響や、大正自由主義などを背景に、女性の社会参加が進み始めた時代です。科学戦を経験し、女子教育も旧来の良妻賢母主義から科学的教育の重視へと変化が生じました。1899(明治32)年の高等女学校令以降、女子中等教育機関が急速に普及し、それは必然的に次の段階である女子高等教育の発展を促しました。1919(大正8)年から1940(昭和15)年の間に設立された府県立専門学校8校のうち6校、私立57校中28校が女子専門学校です。


 大正期には医学教育・歯科教育も大きな転機を迎えていました。上記の私立専門学校57校のうち、医歯薬系が20校を占めます。

 明治期の私立医学校は学歴を問わない医術開業試験、同歯科試験の受験予備校でしたが、1903(明治36)年の専門学校令と1906(同39)年の医師法、歯科医師法、(文部大臣)指定規則は私学の教育を高等教育の水準に引き上げる施策でした。歯科教育の場合、検定試験から正規高等教育への制度転換は移行期間を経て大正末に完了します。さらに医学教育では1918(大正7)年の大学令により、私立大学、単科大学で行うことも可能となりました。


 本学の創立もこうした高等教育大衆化の流れの中に位置づけられます。その源流は医術開業歯科試験受験の予備教育を行う明華女子歯科医学講習所として1917(大正6)年9月12日に開校し、翌1918(同7)年2月27日、各種学校の明華女子歯科医学校として認可されました。1921(同10)年末に明華女子歯科医学専門学校として正規の高等教育機関に昇格し、1926(同15)年に東洋女子歯科医学専門学校と名を改め、指定専門学校として完成します。

 今期は1917年の開校から1回生19名が卒業した後、3年制となる1920(大正9)年までをとり上げます。

 展示は第1回生卒業アルバム(大正9刊)、1回生最初の診療簿(大正13)、女子歯科教育未整備の時代に歯科医師となった女性の使った薬箱(劇薬用と往診用)、医術開業歯科試験合格証(明治40、複製)などです。


 創立期の東洋女子歯科医学専門学校Ⅰ ―明華女子歯科医学講習所から明華女子歯科医学校へ 1917~1920


ポスターと導入のパネル(ごあいさつ)。
明華女子歯科医学校初の卒業生を紹介するパネルとその資料(秋山家資料)。
明華女子歯科医学校初の卒業生、秋山みよについて。順に以前へリンクします。
明華女子歯科医学校以前と以後の資料も参考展示しています。
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