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2014年10月19日


考証に協力した放送番組の放映(NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京 ―不死鳥都市の100年―」)


 NHKスペシャル「カラーでよみがえる東京 ―不死鳥都市の100年―」

 NHKスペシャル(Nスペeyes29)


 1943年10月21日に挙行された出陣学徒壮行会ニュース映画のカラー化にあたり、スタンドから見送る旧制東洋女子歯科医学専門学校生徒の色彩(服飾)考証に協力しました。

 放送後は特に旧制の卒業生から多くの声が寄せられました。東洋女子歯科医専OGの間には、母校は失われた学校という思いが強く、カラーになった動画を見ることで強く感情を揺さぶられたことが窺われました。概ねお手紙で感想をいただきましたが、中には卒業生のご家族が直接いらしてお伝え下さったこともありました。戦争を体験した世代が高齢化し、社会全体に戦争の記憶が薄れていることに危機感を覚えると電話で伝えてきた方もありました。

 アーカイブは極めて今日的な意義を持つものですが、それを広く社会に印象づけた作品だったと思います。ネット上では遠い昔と思っていたモノクロの時代が、色彩を取り戻すことで想像以上のリアリティを感じた方が多かったようで、写真、映像の保存、活用という観点から多くの示唆が得られた作品でした。

 なお、番組エンドロール「取材協力」に大学名称をクレジットしていただきました。

 (NHK総合 午後9時~10時13分放送)


 東洋女子歯科医専22回生・中城洋子「晴れやかな日の為に」(東洋紫苑会『東洋女子歯科医学専門学校の六十八年』 1985年)

 「(略)考えてみれば、我が母校が戦火で焼失しても、毎日毎夜の空襲の最中でも、軍国主義で頭はこり固まって居たから、何の疑問も持たず、唯、戦いに勝つと信じて居た。入学した年の秋、昭和十八年十月二十一日、その日は朝から秋雨が降りしきっていた暗い日だった。明治神宮外苑から、各大学の多くの学生が学業半ばで出陣して行った。憶えてますか。その日正面の敬礼台に立った東條の後に並ぶ制服角帽姿の女子学生は、私達東洋女歯の十七、八歳の時の姿です。あの時の雨をふくんだ砂利を踏む出陣学徒の足並の音、ザクザクザクザク、後年それに似た音を聞く時、必ず出陣学徒を送った日を思い出すし、テレビニュース等でよく放映される時、私は目を皿にして十八歳の青春の姿をそこに探すのです。制服も角帽も秋雨と涙でとても冷たかったあの日は決して忘れられない。」


 中城洋子先生は1943年入学、47年卒業。横浜市にご健在です。


 参考:2013年10月22日


カラー化した映像を切り出した静止画像です。杉村苑子氏「明日への祈念」のナレーションが重ねられ、この時点は白黒のまま放送されました。
制服、徽章類は実物があり、当時の「服制」(素材、形状、色などを指定した規定)も現存するのですが、校旗は戦災で失われ、推測の色彩だったことが影響したように思います。
着物姿の教員は小松崎君子先生で自校出身の2回生、1943年時点で教授または助教授です。
(次の画像も含めNHK提供。二次利用許諾済み)
放送ではここまでカメラがパンしたところでカラーになります。
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