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2014年4月11日~


旧制東洋女子歯科医学専門学校18回生・徳永勝子先生(広島県、現役歯科医師)に聴き取り。


 折に触れ「東洋女子歯科医学専門学校」で検索をかけ、新たな情報や資料を探しています。先般もそのようにして標準体重=身長×身長×22を提唱する肥満研究の第一人者、徳永勝人先生のブログ徳永先生のメタボリック教室に辿りつきました。ブログ第504回「奈良若草山の紅葉と戦前の日本」を拝読すると、先生のご母堂は東洋女子歯科医専の卒業生、18回生(1943年卒)91歳にして現役という記事でした。

 ブログにご母堂のお名前は記されていませんが、心当たりはありました。

 徳永勝子先生は一昨年、校友会事務局報「東洋学園だより」へのご返信として、現役で活動していらっしゃることをお報せ下さり、在学時の生徒番号まで記されたご記憶の確かさに一度お話を伺いたいと思いつつ、日々の雑事に紛れて先送りしていました。徳永勝人先生のお名前とブログの内容から、徳永勝子先生がご母堂で間違いないと判断し、最新の近況を得たことを機に電話をとりあげてみました。


 東洋女歯卒業生の方にいつもお伺いしていることは、ご本人の来歴と併せ、ご両親をはじめご親族、またお子さまお孫さまなど、ご家族の歴史です。これにより、大正・昭和戦前期に歯科医学を志した女子学生という、希少な存在の実像をより具体的に理解することができます。

 最初から意図してそのように伺ってきたのでなく、在学中のことを聞いていると、ご両親をはじめご一族に話題が及ぶことが多かったからです。当時、歯科医師を志すということが年若い女学生一人で決められることでないということも、経験的に分かるようになりました。その背景にはしばしば、地域で長く続く医家の歴史が存在し、その系譜は現代へと繋がり、医学各方面で(あるいはその他の分野でも)大きく社会に貢献されているご子孫の活動を知ることになります。


 1939(昭和14)年に広島県から本学を志望して上京した女子学生がその後、歯科医師としてどのように歩まれたのか、お伺いした個人史はここに書き得ませんが、また一つケースステディを積むことができました。徳永勝子先生とご家族さまにあらためて御礼申し上げます。少しお怪我をされて今は診療を休まれているとのことですが、お元気で再開できますようお祈り申し上げます。

 広島県内陸部の方とお話しするのは初めてで、正直なところ、二度三度電話でお話ししても聞き取れないことが多く、また、写真などがあればお貸し下さいという当方の意図がうまく伝わらない傾向があったのですが、徳永勝人先生のブログ最新号、第527回「母の日プレゼントと「乗ってみんしゃい芸備線」」に古い写真が4点公開されました。お返事をいただいたような気がしています。ありがとうございました。

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