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2013年10月17日


出張:東洋学園栃木寮(槃澗学寮)。


 福島県二本松市の方から先祖探しの照会があり、現地をご案内しました。仮に二本松宇田家と称します。ご一族から明治期の福島県教育界に人材を輩出し、医師、大学教員が連なる名家で、俳人宇田零雨もそのお一人です。

 不思議なことに、1957年の夏に宇田零雨先生が主催する俳句結社「草茎」一行が、本学創立者の宇田尚とともに泊りがけで槃澗学寮に赴き、そこで夏行(発句会)を行っていました。当時の会報『草茎』にそのことが記録されています(宇田尚に俳句の嗜みはありません)。

 結論から申し上げると、二本松宇田家と東洋学園の宇田家(安房、湯島宇田家)との血縁関係は認められませんでした。ではなぜ、両家に交流があったのか。想像の範囲ですが一つ思い当たることがあります。医学に関することなのですが、これ以上はプライベートに関わることで控えます。

 二本松宇田家と交流があったこと、槃澗学寮が交流の場として利用されたことが分かったことは収穫でした。ご一族の教育者の伝記を頂戴し、帰りの車中で一息に読了したほどの達意の文は、ご一族の東京水産大学(現、東京海洋大学)名誉教授によるもの。ご縁があったことを喜ばしく思います。


関東地方の今年の秋は不順な天候続きで、前後の日も雨、当日だけ好天に恵まれました。
磯直道著『ほんとうの空の下で』。維新から明治中期に至る福島県の初等教育事情が宇田三郎先生の生涯を通して活写されています。伝記のみならず、教育史としても興味深い内容でした。左は『くさくき(草茎)』。
これは自分の仕事として。見づらいと思いますが徳富蘇峰の題字による「孤忠留真」碑、槃澗学寮賛助会員芳名の一部。右から徳富猪一郎(蘇峰)、頭山満、一人置いて尾崎行雄(咢堂、「憲政の神様」)。
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