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2013年5月20日


2013年度特集展「習志野原の東洋学園 1946~1950 ―“東洋医科歯科大学津田沼キャンパス”の理想」公開開始。


 詳細は同展のご案内をご覧下さい。2012年度「最後の旧制高校 東洋高等学校 ―教養教育への挑戦」と対になる占領期習志野シリーズです。

 津田沼校舎(習志野)時代は旧学制ながら、教養課程に相当する旧制東洋高等学校と専門課程に相当する旧制東洋女子歯科医学専門学校が併存し、その後に実現すべき新制大学を先取りした形で実質的に実現していました。しかしながら本学はこれを6年制の新制大学(医歯学系学部)として新たに設置する余力がなく、本郷校舎(文京区)に戻り小規模な短期大学(英語科)として再出発します。

 夢に終わりながらも占領下数年の間、実質的に存在していた“東洋医科歯科大学津田沼キャンパス”を、今回は主に歯科医専側の資料から回顧します。


展示解説書(A4版36ページ、表紙見返しを含め38ページ)の表紙は1943(昭和23)年3月の歯科医専23回生卒業式集合写真です。「校舎」は旧戦車第2連隊(←騎兵第14連隊)兵舎。
津田沼時代に使用したデンタルボックス。終戦前後のもので、より以前の時代のものより粗末な作りです。昭和初期に本学で使用していたデンタルボックスについては、2012年6月12日の記事をご参照下さい。
展示のうち総山孝雄『充填学総論』(1947年)教科書。粗悪な紙のガリ版刷りです。写真は切削用器具を解説したページ。習志野校舎に咲いていたものでしょうか、押し花が残っていました。
総山孝雄先生は歯科界における学士院会員として著名な東京医科歯科大学名誉教授、戦地から復員後、1946年から1950年まで本学(旧制東洋女子歯科医専)教授でした。
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