文京区タウン誌『本郷／小石川／白山 街の本　空（ＫＵＵ）』連載（Ｗｅｂ増補版）

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『本郷／小石川／白山　街の本　空』　３６号　２０１２年１月

東洋学園大学と文京　－ 本郷元町・弓町・壱岐坂 －

第５回

明華女子歯科医学専門学校の文部大臣指定校申請に際して、監督官庁の文部省歯科医師試験附属病院※１は一層の施設設備、教授陣の拡充を求め、関東大震災からの復旧などでこれに応じる余力のない明華の指定認可は宙に浮きます。歯科医師試験附属病院長島峯徹は明華の理事長兼校長香山明の退任を求め、明華の財政支援者だった宇田尚への経営委譲を図りました。このように東洋学園の成立には、文部省＝島峯徹の意向が深くかかわっていました。宇田尚は学校経営を引き受けるにあたり、「校風刷新」と「財政確立」を掲げます。

島峯徹は東京医科歯科大学が私学であれば創立者に位置づけられる存在ですが、写真は本学史料室が所蔵するものです。私学の成績優秀者が歯科医師試験附属病院の研究員としてさらに研鑽を積み、臨床教授者となっていったことを先月号で紹介しました。東洋女子歯科医専の発足にあたり、島峯徹は「自分の手持ちの有能な医員を片っぱしから提供」※２しましたが、川上みねもその一人です。川上みねは１９２８（昭和３）年から東洋女子歯科医専附属病院長の職に就きますが、戦前に女性で高等教育機関の病院長は希少な例と思います。

川上みねの夫は歯科医師試験附属病院を改組した東京高等歯科医学校※３教授の川上政雄でした。夫妻の子息は東北大学歯学部教授（理学）、その夫人は東洋女子歯科医専２３回生（１９４８年卒）です。夫人の実父は医歯薬出版（本駒込）創業者で日本歯科医史学会創設メンバーの今田見信で、今田、島峯両家の間にも縁戚関係があったということです。そのような関係から（川上家が所蔵する）島峯徹の写真が当史料室に存在するのです。

１９２６（大正１５）年「１１月５日！　嗚呼（ああ）長らくの間私共が望んで止まなかつたところの指定は昨日遂に来たのだ。さうして今日はその指定学校として最初の卒業式と指定の祝賀会とが開かれるのだ。今日の一日！！　やがては若き日の歴史の一頁を彩る事だらう」
　こう記したのは翌年卒業する２回生で、充填学の講師から教授へと進む小松崎君子（１９４２（昭和１７）年度教育スタッフ左から３人目）です。東洋女子歯科医専は「創立」翌日に最初の卒業生を送り出すという、変則的なことになりました。

明華から東洋への改組前後は、震災と復興で街の様相も大きく変わりました。
震災後に再建した明華の校舎を引き継いだ東洋女子歯科医専も、「創立」間もない１９２７年の新壱岐坂通り開通による区画整理を機に、従来の約三倍の規模を持つ校舎に建て替え面目を一新しました。このようにして、人、モノの両面で国の求める水準を満たした歯科医学教育機関、東洋女子歯科医専が誕生しました。

川上みねの後、１９３４年から院長職に就いたのはペンシルバニア大学などで豊富な留学経験を持つ入交直重（いりまじりなおしげ）教授でした。※５　土佐出身の入交直重は切通坂下の三菱創業家・岩崎邸で書生をしながら日本歯科医学専門学校※４を卒業し、米国留学で先端歯科医学を学んで帰朝すると、日本海海戦で比類なき功績を立てた東郷平八郎元帥、サンフランシスコ講和条約を結んだ吉田茂首相らの歯科主治医を務める一方、東洋女子歯科医専で女性歯科医の養成にあたりました。戦後は社団法人に改組後の日本歯科医師会第二代会長に就任しています。入交歯科医院は１９１９年以来、現在も安藤坂を下った大曲にあります。

（続く）

※１・３　文部省歯科医師試験附属病院は歯科医師検定試験と私立歯科医学校の監督を司る官庁。１９２８年、教育機能も持つことになり勅令２３９号を以って東京高等歯科医学校に改組、東京医学歯学専門学校を経て現在の東京医科歯科大学。文京区湯島には１９３０年から、それ以前は一ツ橋にあった。

※２ 長尾優『島峯徹先生』に拠る。長尾優は東京帝国大学医科大学で島峯徹の後輩、東京医学歯学専門学校長を経て東京医科歯科大学初代学長。

※４ 入交直重の経歴は榊原悠紀田郎『歯記列伝』及び遺族のご教示に拠る。

※５ 現在の日本歯科大学。１９０７年創立、１９０９年に専門学校、翌１９１０年に指定校認可。